本コラムでは、デジタル庁の事案を例に、スコア依存の危険性とパッチ適用に苦慮する現場のリアルなジレンマを解説します。AI時代に突入し従来の手法が限界を迎える中、企業が直面する脆弱性管理の「次なる難題」に迫ります。
1. デジタル庁不正アクセス事案から考える緊急度の評価

2026年9月11日、デジタル庁が運用する「GSS(ガバメントソリューションサービス)」が不正アクセスを受け、利用者の個人情報が漏えいした可能性が報じられました。原因となったVPN機器の脆弱性の深刻度を評価するCVSS(Common Vulnerability Scoring System:共通脆弱性評価システム)スコアが「Medium(4.0〜6.9)」だったため、パッチ適用が間に合わず悪用されたと報道されました。
デジタル庁がCVSS基準値を軸に対策優先度を決めていたのかは定かではありませんが、「スコアが中程度だから」と緊急対応を見送る運用が脆弱性管理において不適切であることを示しています。
2. 悪用までの時間短縮と「評価スコア依存」の危険性
近年、脆弱性が発見されてから実際のサイバー攻撃に悪用されるまでのリードタイムは劇的に短縮傾向にあり、攻撃者は、組織が検証やパッチ適用に手間取っているわずかな隙を確実に狙ってきます。
実態を裏付けるデータとして、米国CISAが管理する「悪用が確認された脆弱性カタログ(KEV:Known Exploited Vulnerabilities Catalog)」の存在が挙げられます。このKEVに登録され「実際に悪用された」と認定された脆弱性のうち、CVSSスコアが「Medium」以下と評価されていたものが一定数存在※しています。評価スコアが中〜低程度であっても、攻撃者にとっては実戦投入に足る十分な武器になっているのが現実です。(参考:https://x.com/ntsuji/status/2098662554222617021?s=20)
そもそも、CVSSスコアが同じ「Medium」という判定であっても、その実態は決して均一ではありません。「高度な専門知識と極めて限定的な環境が揃わないと悪用できない脆弱性」と「公開されたツール等を使えば誰でもボタン一つで容易に悪用できる脆弱性」とでは、組織が晒されている現実的なリスクの大きさが根底から異なります。
デジタル庁の事案で侵入経路となったVPN機器の脆弱性も、その特性からどの脆弱性であったか概ね推察が可能です。筆者の推察が正しい場合、当該脆弱性は公開時点では「Medium」の評価でしたが、その後に実際の悪用が確認されたことで「High」へとスコアが引き上げられたという経緯を持ちます。
つまり、仮にこの脆弱性が「①インターネット側から直接アクセス可能なネットワークの境界機器(VPN)であり」「②特別な認証なし(または簡易な手順)で攻撃が成立し」「③すでに攻撃コードや悪用手法がインターネット上で広く流通していた」という実質的なHigh/Criticalに相当する条件を網羅していたとしても、表面的な初期スコアに依存している限り、その危険性には気づけなかったということです。
3. 脅威から組織を守り、事案を回避するための選択肢
ここで重要なのは、この脆弱性の悪用を「公開された時点」で予見し、早期対処できたかという点です。結論から言えば、一般的な脆弱性管理の指標を見ているだけでは極めて困難であったと考えています。
脆弱性が公開された当時、CVSSスコアはもちろん、CISA KEV、KEV以外の脅威インテリジェンスソース、EPSS(Exploit Prediction Scoring System:脆弱性の悪用予測スコア)、あるいはBOD-26-04(Binding Operational Directive:米政府の拘束力ある運用指令)といった、あらゆる指標やステータスのいずれを参照しても、即座に「緊急対応が必要」と判断できる強いアラートは出ていなかったと認識しています。
では、このような指標の網の目をすり抜ける脅威から組織を守り、事案を回避するにはどうすればよかったのでしょうか。事実上、選択肢は2つしかなかったと考えられます。
1つは、スコアや指標に関わらず「公開されるセキュリティパッチをすべて即座に適用する」という運用を実行すること。もう1つは、自組織の環境と照らし合わせながら「脆弱性の性質(境界機器か、認証不要か等)を都度独自に判定する」という、極めて難度の高い運用を実現することです。
CVSSの数値的な深刻度や各種カタログのステータスだけを絶対的な基準とし、パッチ適用の有無や対策の優先度を機械的に決定してしまう運用は、組織の防御に致命的な死角を生みます。スコアの低さに慢心すれば、思わぬ形で足元を掬われることになるのです。
前述した回避策のうち、1つ目の「公開されるセキュリティパッチをすべて即座に適用する」というアプローチについて考えてみます。確かに理屈の上では、それが悪用リスクを完全に絶つ最も安全な選択肢に思えます。
しかし、実態としてそのような運用をしている組織は皆無に等しいのが現実です。パッチ適用には、業務システムの稼働停止調整、適用後の不具合を防ぐための綿密な事前検証、そして対応する人員の確保が不可欠です。「ビジネスを止めないこと」と「セキュリティ確保」の板挟みの中、日々膨大に発見され続ける脆弱性のすべてに機械的に対応することは、現場のリソース制約において事実上不可能です。
現場が「とりあえず全て適用する」ことを躊躇する最大の理由は、パッチ適用自体が引き起こすシステム障害のリスクにあります。これまでにもセキュリティパッチを適用したことでシステム障害などにつながった事例は数多く存在しています。
セキュリティパッチは脆弱性を塞ぐための特効薬である一方、既存のOSやミドルウェア、独自アプリケーションとの間で予期せぬ競合を引き起こす副作用も持ち合わせています。適用直後に端末が起動しなくなったり、重要な業務サービスが停止してしまったりする事態は、ITの現場において決して珍しいことではありません。
システム担当者にとって、いつ来るか分からないサイバー攻撃と同等かそれ以上に恐ろしいのが、自らのパッチ適用作業が引き金となって発生する「事業停止」という確実な損害です。「ビジネスを止めない」という至上命題がある以上、十分な稼働検証を行わずに全パッチを盲目的に適用するという選択肢は、現場にとって到底実行できるものではないと言えます。
そうなると、現実的な防御策として残された道は、もう1つの選択肢である「脆弱性の性質を都度独自に判定し、真に危険なものを見極める」という運用へ必然的に絞られていきます。しかし、ここで私たちは新たな、そして最大のジレンマに直面します。